ラブリン モンロー。 「ザ・ムーン」「ラブリン・モンロー」ショージ秋山氏死去

「ザ・ムーン」「ラブリン・モンロー」ショージ秋山氏死去

ラブリン モンロー

5ch. gif 漫画家のジョージ秋山さん死去 77歳 「ガイコツくん」「浮浪雲」 長期連載の「浮浪雲」などで人気を博した漫画家のジョージ秋山(あきやま、本名秋山勇二=あきやま・ゆうじ)さんが5月12日死去した。 77歳。 東京都生まれ、栃木県出身。 告別式は家族で行った。 94 ID:dyDQC4FS0. net マジかよ。 73 ID:kgMCoypv0. 55 ID:yZMRbQMd0. 51 ID:22gBxHp50. 27 ID:Zh0IN4Rn0. net 誰とも似てないだろ。 net 、. 92 ID:1TXXtEjT0. 43 ID:sr7AkRvX0. net マジか。 38 ID:vDUZ9xkm0. 13 ID:36GWfQl70. 22 ID:SfsqvgsC0. 09 ID:pX6ZMWhi0. net ご冥福をお祈りします。 net 代表作が多すぎるよな。 この人の作品ってほとんどがヒット作だろ。 24 ID:3JqWlmQb0. 34 ID:dLEkIWDv0. 69 ID:HjEG5KDB0. net 松島菜々子、反町隆史、中尾彬のGTOトリオで連続ドラマ化して欲しかった。 映画、ドラマ、OVAにまでなった人気作品なのにな。 08 ID:3jQuayff0. 07 ID:F8Bv2Z460. 10万振り込まれたら買う。 57 ID:i4bZgdCX0. 61 ID:gGp40BOS0. 60 ID:ag319G490. net 花のよたろう、少年誌とは思えない内容でしびれた。 01 ID:xAysdRuL0. net 子供には優しい先生だったかもよ・・・ 仕方ないけど残念!小学生の時ファンレター出して返事来たのは嬉しかったです。

次の

ジョージ秋山著「ラブリン・モンロー」全13巻 完結

ラブリン モンロー

酔っぱらった勢いで注文した『ラブリン・モンロー』8巻と10巻が届いた。 結構なプレミア付いてた。 もともと全巻持ってたんだけど3冊なくなってまして、あと最終巻である13巻がない。 やっぱ面白いわー。 大戦中のヨーロッパが舞台で、キャラは動物。 「ナチツ・ドイツメ軍」は狼。 主人公はブタ。 娼婦ラブリンが大統領夫人になるまでを描く「聖豚女伝説」。 ラブリンは3頭身のブタなのに、いつも通りねちっこくエロく描かれてる。 、ポップなんだかモンドなんだか……。 動物がヤってる絵ってパロディではよくあるけど、このマンガはマジだし。 動物にかこつけて普通じゃやりにくい表現してたりもする。。 終わりの方じゃ宗教色濃くなって大変なことになってる。。 「第一部・完」で終わってはいるものの一応はオチてるし、ここまででも十分大作。 ジョージ秋山は変な終わり方するのも、あんまり重版されないのも普通だったりするが、本作の場合、確か有害コミック規制の影響があったはず。 続いてたらどうなってたんだろう。 他のジョージ秋山作品にないキャッチーさがあって、なおかつジョージ秋山らしい濃さも十分で、エンターテイメントとして破綻が少ない、いい作品なんだけどな。 復刊されんかなあ。

次の

「ザ・ムーン」「ラブリン・モンロー」ショージ秋山氏死去

ラブリン モンロー

経歴 [ ] 1943年、ので出生。 姉、兄、弟、妹それぞれ1人ずつの5人きょうだいの次男。 父は在日朝鮮人の造花職人。 中はにした。 10歳のときに栃木県へ転居。 子供の頃から漫画を描き出し、中学2年生で漫画本を自作した。 高校進学を勧められたが、親兄弟のことを考えて中学卒業後に上京して、のの取次店、芳明堂に就職。 芳明堂に勤務しながら、取次として担当したに原稿を持ち込んだり、漫画家の邸へ日参して、漫画家を目指した。 前谷惟光の名義で出版されたのが初単行本となる。 芳明堂を退職後はアルバイトを転々としながらで『』を手伝う。 その後、へ持ち込みを続け、やがて編集者からの紹介で1年半ほどに師事した。 をしつつに作品を発表し、「 少年画報」1965年2月号に「トッピナ作戦」を掲載 、このあたりが商業誌デビューと思われる。 に掲載の『別冊少年マガジン』()に『ガイコツくん』が成功、翌年に連載を依頼された『パットマンX』がヒットして、1968年のを受賞。 で成功したことから、『ざんこくベビー』『コンピューたん』『ほらふきドンドン』『』などあふれるを得意としたギャグ漫画家であった。 1970年になって、3月から()に『』を、8月から(講談社)に『』をそれぞれ発表し、それまでの作風からは想像もつかない露悪的ともいえる描写で人間の善悪やモラルを問い、世間の注目を浴びた。 『アシュラ』第1話には飢餓から人肉を食べ、我が子までをも食べようとする女の描写がある。 これを掲載した1970年8月2日号の『週刊少年マガジン』は一部地域で有害図書指定され、作者秋山にも取材が殺到し、一躍時の人になる。 騒動の渦中の11号の『週刊少年サンデー』にて『告白』を連載開始した。 人を殺した過去があるという告白を掲載した翌週には先週の告白は嘘であると書くという行為を繰り返して虚実ない交ぜの過去をつづった後に、数多く持っていた連載を全て終了させ、一時引退を宣言。 6月より日本一周の放浪の旅に出る。 3ヶ月後、1971年34号の『』()にて『ばらの坂道』で復帰。 以後は青年誌にも活動の場を広げ、12月5日発売の『』(小学館)19号より『』の連載を開始。 同作品は幕末の東海道・品川宿で、物事に執着せず、ふわりと生きる問屋場の頭、浮浪雲を主人公に、男女の機微や市井の人々の喜怒哀楽を描いた時代劇漫画である。 幅広い支持を得る大ヒット作となり、度のの入試問題にも使われたほか、主演(、)と主演(、)で、2度化されたこともある。 連載は44年もの長きに渡り、9月に最終回を迎えた。 1980年から1984年まで『』()にて『』を連載し、同作品はからで化された。 映画版は好評により、までに3本が製作される人気シリーズとなり、主演したを日活ロマンポルノの看板スターに押し上げた。 の漫画化を手がけたことで、その存在をさらに印象付けた。 このはより発行されている。 2020年5月12日死去。 77歳没。 受賞 [ ]• 第9回(『パットマンX』)• 第24回(昭和53年度)青年一般部門受賞(『浮浪雲』) 人物 [ ] 中学時代のは120。 身長は170センチメートル。 ペンネームについては、ののような感じでバンドマン風にしたかったとのこと。 若気の至りでつけたものだと語っている。 「漫画は嫌い」「漫画を読むと馬鹿になる」、については読んだことがないと述べているが 、テレビアニメ『』の仕事をともにした漫画家のによると、実際には漫画を愛しており、手塚治虫についても大尊敬していて、手塚の写真を額に入れて飾っていたという。 「ウソばっかりついてんだから」「独特の照れ隠し」と、秋山がなかなか本心を明かさないことをとりいは説明している。 『海人ゴンズイ』について元『週刊少年ジャンプ』編集長のは「話がすごく面白い人。 でも肝心の漫画が全然面白くない。 少なくともジャンプの読者からの人気は最下位だった」と語っている。 『銭ゲバ』がドラマ化された際、劇中で使用されるの絵を描いた。 作品リスト [ ]• (1966年、別冊少年マガジン、全1巻) - 初連載作品• (1967年 - 1968年、、全5巻) - 第9回受賞• (1969年、、全1巻)• (1969年 - 1971年、、全1巻) - 創刊号から連載• (1969年、、全1巻)• (1969年 - 1970年、週刊少年ジャンプ、全2巻) - 哲学的ギャグとされる本作はリメイクの後に単行本化、「元祖デロリンマン」に改題• (1969年 - 1970年、週刊少年マガジン、全5巻)• (1969年 - 1970年、、全1巻)• (1970年 - 1971年、週刊少年マガジン、全3巻) - 第1話が掲載された『』は各自治体で有害図書指定され社会問題に発展した最大の問題作• (1970年 - 1971年、、全5巻)• (1971年、週刊少年サンデー、全1巻)• (1971年 - 1972年、週刊少年ジャンプ、全3巻)• (1972年 - 1973年、週刊少年サンデー、全4巻)• (1972年 - 1973年、、全5巻)• (1973年 - 2017年、、全112巻)• 灰になる少年(1973年、週刊少年ジャンプ1973年39号 - 49号)• (1974年、週刊少年ジャンプ1974年6号 - 35号)• (1974年、週刊少年マガジン1974年30号 - 48号、全1巻)• (1975年、) - 短編集• (1975年、全1巻)• (1975年 - 1976年、、全3巻) - 旧作のリメイクだが終盤の展開が大きく異なる、詳しくは同項参照• (1976年 - 1977年、週刊少年マガジン、全4巻)• (1977年 - 1978年、) - 後にに再録。 ジョージ秋山は本作以降、純粋な意味でのギャグ漫画は描いていない• (1979年 - 1981年、、全8巻)• (、全2巻)• 蓮華又三郎(1980年、日刊ゲンダイ)• (1980年 -? 、、全7巻)• (1980年 - 1984年、、Part1:全15巻、Part2:全6巻)• (週刊漫画ゴラク、全5巻)• (1981年、週刊少年ジャンプ、全2巻)• (1982年 - 1984年、、全3巻)• (1984年、週刊少年ジャンプ、全1巻)• (1985年 - 1992年、、全32巻)• (1986年 - 1987年、、全4巻)• (1988年 - 1989年、、全3巻)• (1989年 - 1993年、、全13巻)• (1993年 - 2002年頃、、全7巻)• (1993年 - 1996年、、全8巻)• (1995年 - 1996年、、全1巻)• (1996年 - 1999年、ビッグゴールド、全5巻)• MANGAオールマン、全1巻• (2001年 - 2002年、、全4巻)• (2002年、、全1巻) - 雑誌掲載時は秋山勇二名義• (2005年、飛鳥新社)• (2009年、)• (2010年、青林工藝舎) - 35年振りとなる短編集• (2010年、青林工藝舎) 師匠 [ ]• アシスタント [ ]• - 1970年から2003年にかけてアシスタントを務めた。 現在、イラスト、挿絵、児童画などを制作。 東京練馬区で活動、2年に一度個展を開く。 - 1978年から2017年まで約40年にわたってアシスタントを務めた。 その人生をつづったブログが評判になり、2008年にブログの単行本化、『』を刊行。 同年、1991年に発表した『』を加筆訂正し、『』()として文庫化。 - 1969年から1978年までアシスタントを務めた。 1978年に『ブルーなあいつ』、1979年に続編の『マイラブサニー』を『週刊少年キング』で連載した。 いずれも1クールの短期連載に終わる。 『漫画家アシスタント物語』によるとその後一時漫画家をやめたものの再開し1984〜1987年に『別冊漫画ゴラク』で『親不孝通り』を連載した。 その後漫画家を引退した。 『親不孝通り』の単行本が日本文芸社より2巻まで出ていた。 - 秋山のアシスタントだった清つねおが知人だったことから、清が病気になったとき、外部アシスタントとして一時期仕事を手伝った。 アシスタントとしては破格のギャラをはずんでくれたという。 出典 [ ]• 文藝春秋編『立花隆のすべて』文藝春秋、1998年、pp. 436-447に再録• 29-30。 とりいかずよしインタビュー。 名和広「森田拳次先生インタビュー」『赤塚不二夫大先生を読む 「本気ふざけ」的解釈』社会評論社、2011年、p. 321• 129-134• 聞き手「INTERVIEW 『アシュラ』とはいったい何だったのか ジョージ秋山」『昭和の漫画名作セレクション 少年マガジン クライマックスをもう一度』講談社、2002年、pp. 124-133• 竹内オサム『戦後マンガ50年史』筑摩書房、1995年、pp. 134-135• 新田五郎「作者が自作中では神! マンガ家自身が主人公のマンガ」『トンデモマンガの世界2』と学会、楽工社、2010年、pp. 53-56• 『ロマンポルノの時代』光文社新書、2012年、pp. 183-184• 松島利行『日活ロマンポルノ全史 名作・名優・名監督たち』講談社、2000年、p. 273• 共同通信. 2020年6月1日. 2020年6月1日閲覧。 12、1997年、pp. 100、109-110• 「ジョージ秋山 人のために描く時代は、終わったんですよ。 」『増刊週刊大衆12月27日号 VIVA COMIC 漫画家大集合』双葉社、1984年、p. 『QuickJapan』vol. 16、165-169頁。 プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo. 1|PR TIMES. 2020年6月4日閲覧。 すがやみつる『仮面ライダー青春譜 もうひとつの昭和マンガ史』ポット出版、2011年、pp. 232-238 この項目は、・に関連した です。

次の