ズバリ 大島 くん。 がん闘病中の大島康徳さんのブログに勇気 第1回WBC「3番・イチロー」進言 長嶋茂雄氏とも“深いつながり”:イザ!

【野球】元日本ハム監督の大島康徳氏、吉村大阪府知事を「素晴らしいリーダー」「大阪モデルを日本モデルに」[jinjin★]

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net ステージ4の大腸がんを公表している元日本ハム監督で野球解説者の大島康徳氏(69)が7日、自身のブログ「ズバリ!大島くん」を更新。 3月にPCR検査を受けていたことを公表。 受診できるまでに困難があったことを記した。 「実は、私はPCR検査を受けました。 結果は、勿論陰性でした。 受けた時期は3月初めでした。 」と初めて明かした。 「はっきり申し上げてとっても!ハードルは高かったです。 私は、69歳。 ステージ4の癌患者。 抗がん剤治療を受けている。 高熱が続いている。 それを伝えても保健所の答えは『対象ではありません』でした。 」と簡単には受けられなかったことを説明。 「電話をかけた妻はその答えにうなだれました。 しかし、私は諦めずに二度目の電話で粘り窓口の保健所職員の方から保険医の方に直接話を聞いて頂きたい、とお願いし何とか保険医の方に辿り着くことができました。 」 「そして『大島さんは対象です!』という言葉をいただくことができたのでした。 本当にありがたかったです。 」と検査が受けられるようになるまで、かなりの困難があったことを記している。 その上で、受診目安が37・5度にこだわらなくなったこと、唾液によって感染有無を調べる方法があることなどのニュースに「PCR検査のハードルがいかに高いかを実感した私はずーっとその状況を心配しながら見守ってきました。 だから明るい兆しが見えてきて本当に良かったと思っています。 」と記した。 また、追伸として、「保健所の皆様の仕事量の多さについては、最近になって知ることでありました。 全てのシステムが構築されて保健所の方の負担が上手く分散されるようにと願っています。 保健所の皆様、お疲れ様です」と感謝の言葉を述べている。 デイリースポーツ 2020. net.

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【野球】元日本ハム監督で野球解説者の大島康徳氏薬局でマスク購入「少しずつ市場に出てきているようで一安心」[jinjin★]

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大島康徳氏 吉村大阪府知事を「素晴らしいリーダー」「大阪モデルを日本モデルに」 ステージ4の大腸がんを公表している元日本ハム監督で野球解説者の大島康徳氏(69)が4日、自身のブログ「ズバリ!大島くん」を更新。 テレビ朝日系「報道ステーション」に中継で出演した吉村洋文大阪府知事に拍手を送ったことを記した。 大島氏は「この1ヶ月の間府民に我慢を強いるのだからと府としても体制の整備に尽力し、備えてこられたことが伝わってきます。 更にはその先のことも睨み準備を進めようとしていらっしゃる。 府民に強いるのではなく情報と目標を共有して一緒に頑張る!素晴らしいリーダーだと思います。 」と絶賛した。 さらに「大阪城のブルー、イエロー、レッドのライトアップとか…その発想も素晴らしい。 感心しました。 『大阪モデル』必ず成功させていただき『日本モデル』に繋がって欲しい!心からそう願っています。 」と記し、 「東京も…東京タワーのライトアップいいと思うんだけどなぁ…」とつづっている。 yahoo.

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【野球】元日本ハム監督の大島康徳氏、吉村大阪府知事を「素晴らしいリーダー」「大阪モデルを日本モデルに」[jinjin★]

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【SPORTS BAR】 スポーツの醍醐味はライブである。 番組はアーカイブ中心である。 でも、時には名シーンもある。 先週のJスポーツで「2006年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝、日本対キューバ戦」がオンエアされた。 当時の感動がよみがえった。 たまには懐古するのも悪くはない。 そんな日本代表のベンチで王監督と喜び合っていたのが、打撃コーチの大島康徳さんだった。 現役時代は中日、日本ハムで活躍、通算2204安打を記録した。 日本ハム監督を務めた後、第1回WBCで王さんの補佐役として入閣。 「3番・イチロー」を進言し、打線を覚醒させ、日本の世界一に貢献した。 王さんだけではない。 1974年10月14日のミスター引退試合は中日戦(後楽園)。 大島さんは中日の代表として、長嶋さんに花束贈呈の大役をしていたのである。 「長嶋さん、王さんとかかわり合いができたのは最高です…」 そんな大島さんは3年前、ステージ4の大腸がんを公表した。 「がんと闘うのではなく、共存しながら普通の生活をしたい」という姿勢を貫いて評論家生活などもこなしていた。 先日自身のブログ「ズバリ!大島くん」を更新し、20日からの再入院を報告した。 新型コロナウイルスの影響もあり、病院の受け入れ態勢が整わない可能性も考慮。 「以前から医師に勧められていた新しい治療を受けることにしました。 こんなにも突然決断しなければならない事態になろうとは思いませんでした」と悩んだというが、「腹くくりましたから! あとはくよくよせずに進むのみです」とつづっていた。 まだ69歳。 これまでもがんとの共存をブログで発信し、人々を勇気を与えてきた大島さん! 頑張れ!(産経新聞特別記者・清水満).

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