大友克洋 akira 予言。 【AKIRA】大友克洋の予言シーン動画!東京オリンピック中止!?ネットの声まとめ

AKIRAの世界観再び? 大友克洋監督がNHKスペシャルシリーズで魅せる【東京リボーン】

大友克洋 akira 予言

年齢:65歳(1954年4月14日) 出身:宮崎県登米市迫町 漫画家、映画監督 『AKIRA』は1982年~1990年に 『週刊ヤングマガジン 』連載された漫画で、1988年にはアニメ映画が公開されました。 あらすじはこのような感じです! 新型爆弾により崩壊した東京地区に住む主人公・金田は、事故をきっかけに超能力に目覚めた親友の鉄雄と共に軍が秘密裏に研究する超能力者を巡る抗争に巻き込まれる。 軍が極秘に封印していた最強の超能力者「アキラ」の封印を解き世界征服を試みる鉄雄の暴走を止めるため、金田は仲間たちと協力し戦う。 東京五輪中止をAKIRAが予言!? SNSでは「『AKIRA』が東京オリンピック中止を予言していた!」というような投稿が多く見られました。 『AKIRA』にはアキラという登場人物がいますが、アキラが予言していたわけではありません。 実は 『AKIRA』の設定では2020年に東京オリンピックが開催されるという風になっています。 30年以上前の漫画なので、この時2020年に本当に東京でオリンピックが開催されるなんて誰も分からなかったはず。 2013年に正式に東京でオリンピックが開催されることが決定した時も、『AKIRA』の設定とシンクロしたことで話題になっていました。 そして 『AKIRA』では、東京オリンピックが開催される5ヵ月ほど前から「中止にしろ!」というデモが起き、後にアキラと鉄雄が国立競技場を爆破して東京オリンピックが中止になります。 また、 作中でアキラと鉄雄が接触する日(開催147日前)=コロナウイルスが東京に大流行する日 2月28日 アキラと鉄雄が国立競技場をぶっ壊す(2020年3月中)=東京オリンピック中止の日 というように『AKIRA』での大事なシーンを、現実世界に結び付けるような予測もされています。 さらに! アキラの背中にある「カプセル」がコロナウイルスの治療薬を意味づけているのでは?なんてことも言われているのです!.

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漫画「AKIRA」が新型コロナを予言!?ネット民が震える怖い噂の種明かし

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そんな昨今、 大友克洋の名作漫画『AKIRA(アキラ)』(82年に連載開始)の作中にあった、 予言めいた記述と、目の前の現実との 「奇妙な符号」に注目が集まっている。 といっても、例のあの立て看板の話ではない。 同作中に登場した看板、東京オリンピックについて「中止だ中止」と落書きされたアレを京都大学の学生らが立て看板で再現して提示し、話題となった件のことを僕は言っているわけではない。 原作漫画版の『AKIRA』には、 予言的な箇所がいくつもあったからだ(88年のアニメ映画版にも同様のシーンはあったのだが、本来的なストーリー解釈という観点から、以下、この稿では特記なき場合はすべて漫画版について述べる)。 オリンピックよりも、もっと大きな「予言」が、同作のなかにはある。 「東京が壊滅してしまう」という予言だ。 復興記念ではなく「復興する前」に引き戻される 目の前の現実の2020年の東京が、どのように壊滅してしまうのか? それは僕にはわからない。 ただひとつ、間違いなく言えることは 「オリンピックが復興の起爆剤」には、まったく「ならない」ということだ。 なるはずが、一切ない。 そもそもが、 なんの「復興」なのか? 東日本震災の被災地の復興に一切役立たないことは、いまさら僕が言うまでもない。 それどころか「そんなバクチを打とうとするから」オリンピックもろとも、 東京そのものが「ふっ飛んでしまう」……。 と、これは僕が言っている嫌みではない。 『AKIRA』の予言というのが、まさにこうしたものなのだ。 以下、ストーリーに沿って説明していこう。 作中の「東京オリンピックがあるはずだった年」も2020年。 しかし、 開催に至る直前にネオ東京はふたたび壊されてしまう。 壊滅的な、大崩壊だ。 文字どおり、市街地の大部分がビルも人もふっ飛んで、 「復興前の」灰燼へと帰してしまう。 もっとも、ここの「大崩壊」とは、作中にて描写された物理的な都市破壊のみを指すわけではない。 メタファー(暗喩)として、とらえることも可能だ。 たとえば、コロナ禍の延長線上における危機は、いままさに現在進行形だ。 これが経済的崩壊に結びつく可能性は高い。 つまり大不況、地価暴落、東京から人がいなくなる……といった形での「都市機能の崩壊」ならば、無理なく想像できることだ。 いや、いますぐにでも起こりそうだ。 ネオ東京は「新型爆弾」によって壊滅する では、『AKIRA』における重要な事象のいくつかをメタファーとして見立て、「オリンピックつながり」で現実世界と対比しながら観察していこう。 まず同作において、我々が知っている東京は1982年に 「新型爆弾」によって破滅する。 なにもかもが「ふっ飛んで」大きな穴ぼこになってしまう。 まさにその「開催直前」の2019年から『AKIRA』のストーリーは始まる。 しかし前述のとおり、オリンピックどころか、 ネオ東京そのものが崩壊してしまう。 このすさまじい「大破壊」シーンは、 単行本オリジナル版の第3巻に収録されている。 神に愛された天才としか言いようがない、大友克洋の至高の描写力によって、大胆に、また同時に微に入り細に入り、絶妙のリズムでもって「ぶち壊されていく」ネオ東京の最後の光景は、一度見たら生涯忘れ得なくて当然の凄絶なインパクトだ。 『AKIRA』第3巻(86年刊・講談社KCデラックス) 筆者が私物を撮影 一度目ではなく、真の「破滅」は二度目に訪れる この 「新型爆弾」とは、一体なんのメタファーなのか?というと、 原子爆弾ととらえるのが普通だ。 第二次大戦末期、いつまでも降伏しない大日本帝国に対して投下された「一発で都市ひとつを壊滅させる」核兵器のことを、当時の軍部が呼んだ名称が「新型爆弾」だった。 そして、1945年8月6日に広島に投下されたあと、同9日に長崎に投下される。 この二度目の投下後に、天皇はポツダム宣言の受諾を決意。 日本は敗戦する。 一発ではなく、二発も「食らってしまう」というところが、同じだ。 一度では「止まらずに」、たとえば戦中ならば、米軍が空中散布したビラなどで「警告」していたにもかかわらず、そのままの日々を過ごして……二度目の爆弾を食らう。 これが 「日本の特徴だ」というのが、『AKIRA』における新型爆弾が暗喩するものの正体だと僕は考える。 大友克洋が意識的にそう描写したのかどうかは、さして重要ではない。 クリエイターの洞察力と直感的知性の反映として、作った本人ですら想像しなかったような「意味」を、作品上に生じさせてしまうことは、よくあるものだ。 往々にしてそれは、「表の意味」の奥にあるもの、つまりメタファーとして、受け手の内部で発酵していくことになる。 そこの部分の話を、僕はしている。 「読み」の話だ。 ときどき僕は 「引き延ばされた3日間」という比喩を使う。 8月7日から、9日までの「3日間」だ。 たとえば、いま日本の原発はすべて廃棄されていない。 その予定もない。 あれほどの事故があっても「止まらない」のは、あれが「一発目」だったからだ。 次に「もう一発」あれば、きっと止まる。 つまり、いま僕らが過ごしている日常というのは「一発目と二発目のあいだ」の3日間が引き延ばされただけの、暫定的な「生の時間」にすぎない。 なぜならば いずれ、間違いなく「二発目」はあるのだから……。 一発目の「新型爆弾」で、失われた30年が始まった ごく当たり前に、こうした観念が大前提として、『AKIRA』のなかには横たわっていたのだと僕は考える。 では同作における「一発目」の新型爆弾の炸裂、これを作品後の現実世界に置き直してみた場合、なにを指すのか? 僕は バブル崩壊が正解だと考える。 「それまで」の日本は、戦後復興の長い道のりの途上だっただけなのに「すでに復興は成った」と誤解したあげくに、繁栄の日本が「このままずっと続く」などと思い込むのが主流だった。 しかし冷戦が終わり、 ハシゴが外された途端、今日にまで続く泥沼のなかへと、成す術もなく沈降していった。 むかし「政治は三流、経済一流」とうそぶいていた国が(本当にそう言っていたのだが)、どっちも三流(か、政治は五流かもしれない)となって長い。 なのに「またオリンピック」なのだから、あきれるほかない。 「二発目」が炸裂することを予想しないほうが、どうかしている。 「一発目」のバブル崩壊に匹敵するものが、すぐ眼前にあると考えるほうが、常識的だろう。 さらに、これが考えすぎであることを祈りたいのだが……ここまで書いた 「AKIRAの予言」の成就に邁進する?かのような動きが、東京の一部に見られる。 とくに、 渋谷界隈で。 neo SHIBUYA とはネオ東京なのか? 「100年に一度」の掛け声のもと再開発が進む同地区の坂の上のほう、昨年グランド・オープンした新生渋谷パルコが工事中だったころをご記憶だろうか? 工事現場のまわりを取り囲む板塀には、なんと。 そしてパルコのオープニングには、 『AKIRA』関連の展覧会もおこなわれた。 シブヤ経済新聞のページより さらに、パルコも協賛する一大「再開発」プロジェクトの愛称がなのだ。 この名称を耳にして、目にして、 「ネオ東京」を思い出さない『AKIRA』ファンは、ただのひとりもいないだろう。 渋谷駅周辺に増殖する「neo SHIBUYA」ロゴ群 撮影:堀口麻由美 前同 ゆえに僕は、首をかしげざるを得ない。 映画版を軽く観ただけだった、とか。 それにしても、 あまりにも縁起が悪い。 そのせいか、どうにも僕にはぴんと来ないのだ。 どの道路の上に立ったとしても、一直線で前方を見通すことができない位置にて、渋谷駅周辺に「これでもか」と林立させられたビル群が、この先もずっと長く立ち続けている予定だ、ということ自体が。 スクラップ&ビルドという名の、悪い冗談の果てに たとえば僕は、かつての東急文化会館はよく利用していた。 映画館はもちろん、ユーハイムや、上階の書店によく立ち寄った。 五島プラネタリウムでは、コーネリアスの特殊撮影までやらせてもらった。 しかしあの建物は、僕の知るかぎり、とくに理由がアナウンスされることもなく、ある日突然なくなった。 そして長らく、サラ地のまま残っていた(あの状態を グラウンド・ゼロと呼んでいたのは中原昌也だ)。 東急文化会館は、およそ47年にわたって、あの地にあった。 しかし僕には、100年どころか50年後に、いま新築の「これでもか」ビル群が、意気揚々と立っているという図というのは、 ちょっと想像できない。 すぐにでも、ポキポキ折れていきそうに思える。 『AKIRA』第3巻のクライマックスのように、大友克洋にしか描けない「大崩壊」が物理的に渋谷に訪れることはない、のかもしれない。 だがしかし、あの巨大ビル群を埋め尽くすほど、賃料を払ってでもビジネスをおこないたい存在が、この先50年も絶えずいると考えることのほうが「どうかしてる」と、僕には思えるのだが。 なにしろ、その最初の起爆剤だかなんだかの予定だったオリンピックがこれでは…… メタファーとしての予言が成就する可能性は高まる一方だろう。 あるいは、開催を争っていた イスタンブールにこの7年間に起こったことに近いような「ストーリー」を、これからの東京および日本、いや東アジアはくぐり抜けなければならない、のかもしれない(それはかなりやっかいだ)。 かつて僕はと題した論考およびその続編のなかで、ロンドン五輪の前年に起きた暴動を引き、日本にもなにか、その国民文化に合った形での軋轢が五輪を機に表面化することを予想した。 「これだったのか」と、いま納得し始めている。

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AKIRAは予言4つが的中!?コロナでオリンピック中止?│情報ツウ

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Contents• 実はこの一昔前に映画化もされ人気を博した 漫画の『AKIRA』が、 2020年の東京オリンピック開催を予言していたのです。 この話の舞台は、2019年の 第三次世界大戦後に造られた新しい首都のネオ東京。 1982年7月、新型爆弾により東京は崩壊・・。 それから30年以上が経ち開発が進行・・。 超高層ビルが建ち並ぶようになるネオ東京。 しかし同時に、まだまだ復興が進まない旧市街地は 荒廃しきっていました・・。 紛争、盗み、ドラッグ 殺人が後を絶たず・・ そんな荒廃した旧市街地からは世界的なイベントを開催するために 再開拓の工事が進められるのです。 スポンサーリンク そう、そのイベントこそ 東京オリンピックのことなのです。 ということは作者の大友先生は30年以上も昔から、 2020年には東京オリンピックが開催されるということを 予言していたということになります。 AKIRAと言う漫画の都市伝説 オリンピックは中止になるのか 大友克洋の「アキラ」でも2020年東京オリンピックは中止。 — リ コ riko0058 作品の中では東京五輪の為の再開発工事に大反対して 抵抗する一般市民のムードについても描かれています。 実際の東京都でも国立競技場の問題や、他の競技場の選定問題も・・ 東日本大震災からの復興がもたつく現状の中で 東京オリンピック開催に異議を唱えるデモなどが実際に あったりと良く似た状況となっています。 ほんとにオリンピックは実際開催されるのでしょうか? AKIRAと言う漫画の都市伝説 東日本大震災をも予言していた AKIRAでは、第三次世界大戦という空想の大戦後の東京が描かれています。 現実の世界では、 第三次世界大戦は起こってはいませんが、 我が国は2011年に東日本大震災のような 前代未聞の大震災を体験しました。 その第三次世界大戦・・・ 実は東日本大震災の予言だったのではないか?と言われています。 ほんとでしょうかね。 スポンサーリンク.

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