楽に死ぬには。 眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

楽に死ぬ方法|黒木髪音|note

楽に死ぬには

広い意味で、楽な死に方は無い。 見た目が綺麗に死ねる方法はあるかもしれんが。 必ず苦しむ時間が付加される。 長いか短いかの違いだけ。 本人が苦しまずに逝けても、友人、知人、身内が本人の死を受け入れる際に、本人が味わうはずだった苦 しみを本人以上に味わう。 ちなみに飛び降りは血肉が飛び散り汚い肉片になり、片付ける人も悲惨な思いを。 割腹、リストカットも同じく。 服毒、他薬による死も、死語解剖され切り刻まれた死体を縫い合わせて体中縫い目だらけで遺族へ渡され 、遺族が死者に代り苦痛を味わう。 練炭やガスも、発見が遅くなれば腐乱死体で、臭い、見た目ともに勅旨できないレベル。 首吊りは死後数日放置で首がだらしなく伸びて、ちぎれて胴体が落ちぐちゃぐちゃの腐った肉片に。 山や海で死ねば、場合により捜索隊が動き、遺族は後に費用請求が待ってる。 時には数千万円も。 美意識だけは高くて見た目にこだわってきたから、死ぬ時に汚くなるのはいやだと思ってこのコミュ見つけました。 旦那と二人暮らしの今のマンションの保証人が自分の親だから、居心地がよくて思い出いっぱいのここじゃ死ねない。 親に損害賠償請求されて迷惑かけたくないから。 楽なのは吊りだと思うけど汚いっていうし、そもそも場所が無い。 薬は沢山余ってるけど死ねないらしい。 練炭するにも車も免許もない。 知らない者同士集まるのは落ち着かない。 硫化水素は遺体が緑になるとか聞く。 飛び降りも11階以上ならほぼ確実に逝けるらしいけどぐちゃるよね。 凍死いいなあ思うけど雪山行くパワーない。 近所のスーパーにすら動けないのになあ。 このマンションの連帯保証人が義理親なら良かったのに。 あの親のせいで鬱になったから損賠いくならザマーミロと思うし。

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楽に死ぬには

突然ではございますが、2020年1月6日をもってこのサイト「自殺を考えるあなたへ」を閉鎖することにいたしました。 理由としては下記のとおりです。 ・更新できる余裕がなくなった もともと安定した更新ができておりませんでしたが、年間でも数回しか更新が難しい状態です。 ・自殺方法を自殺以外に使用する 2019年10月に富山市で自分の娘を殺害した事件が発生しました。 その方法として、このサイトでも紹介しているガスボンベ自殺の方法を応用しているとニュースで発表されています。 「調べに対し、萩容疑者は「ガスのようなものを使って殺した」と供述しているという。 寝室からガスボンベとポリ袋が見つかった。 県警は萩容疑者が無理心中を図った可能性があるとみて調べている。 」 引用元: このサイトでは自殺の方法を掲載してきましたし、自殺することがダメだとは思いません。 ですが自殺できる方法にて自分以外の人の命を奪うことは求めてもいません。 この方がガスボンベを使う方法をどのように調べたのかや、このサイトに書かれた情報が参考になったのかは定かではありません。 ですが。 今後もこうした事件を発生させる可能性にもつながることも十分考えられます。 今後また時間の余裕ができたら、なんらかの形で自殺願望がある方が楽になれるサイトをつくれたと思います。 またもしかすると今後気分が変わって復活するかもしれませんが、可能性はかなり低いです。 自殺の情報を求めていた方に対しては、大変申し訳ありませんでした。

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楽に死ぬには

数年前に兄がした。 いつもをにしていて、でもなんとなくには「あぁのかな」って思ってた。 を決めたような顔でもなく、でもなく、親いつようにこれどうするのか、という問いに対し 「かけないように死に」と言い残してちゃんと死んだ。 兄の苦しみは当時のにはわなかった。 とにかくで、両親の注意は兄に惹きつけられていて、私は兄のを日々聞きながら、生きてきた。 親にこれ以上をかけないように、堅実に生きようとして真面目べきだと感じていた。 と違って、へいくことも、働くことも、人と接することが満足にできない兄が鬱陶った。 ができることをなぜできないのか。 人が出来て当たり前のことが何一つできない。 そんな兄のをいつも車ので、運転する父聞きながら、だったらもう家追い出しなよといった、「つはだ。 だと考えて接しないと、やっていけない」といった父のも、当時はわなかった。 なんだ、って。 どんなに辛くてもへいったしもで見つけたし、なんかうけずにしたし、人付き合いが苦手でもそれなりにやってきた。 それなのに兄は「」ので済のか、と。 兄が死んで数年たって、になったを訪ねて、なんとなく兄の部屋に入った。 兄はずっとひきこもっていたので、部屋がどうなっていたのかなんて知らなかったけれど、とても綺麗にしていたようだった。 大好きなや、。 がないくせに誰にこんな買ってもらったのか、とおもったら親ではなく当時になっていたもらってたらしい。 兄は壊滅的に人付き合いはできないけれど、悪い人ではなくて、「どうにかしてやらなきゃ」と思わせるようなだった。 だきっと私もそこまで辛くあたることはなかった。 を繰り返す兄だったけれど、この人はかまって欲しくて言うのではなくて、本当に消えそうだ、と思「そんなこといわないでよ」「お兄ちゃんがいなくなったら寂しい」と言った。 だった。 兄は何も悪くない。 私は途中気づいてた。 でもある日、兄は消えた。 いなくなってすぐが衝撃的で、私は何もする気にならなくて、をかすためにわざわざ忙しくした。 になって、が辛くなってきた。 は楽ったのに、仲良くなりすぎた為に、色々ギスしはじめた。 悪口ではないんだけれど、人のをでで盛り上がるようながあって、誰かが上げられてる度に、も言うべきなのか?と思ったけれど、思りに返ってくるかな、と思っらあそういったことに入り込むことはやめた。 きっとこうやって人に対するを言っている人は少なずのことも言っているはずだ、と思うと胸がざわざわして。 誰かを貶めて悦びを得てを繋げるのは、嫌だった。 本当にそうだと思っていたしても、の心の中にとどめておくべきなんだ、もし吐き出したいと思っても、それは同じ繋がりのあるではなくて、にでも話しておけばよかったのかな、と思う。 でも悪口って結局はを得てを得たいだけだ、どうしても身近なを巻き込んでいくのだろうな、と思った。 も何か言われているのだろうなぁとは薄々察しながらを過ごし、ある日それが確定的になった。 誰がそういったのか、というは拭えず、様々なを考えて抜け出したいと考えた。 なところもある、これも罰なんだろうなぁと考えて抜け出すためのをあれこれ考えるのだけれど、考えて浮かぶ度に、何もかもが嫌になってきた。 周りみればんだと思う。 抱え込むほど辛い悩みではないと思う。 でも考えれば考えるほど辛くて、抜け出したくて、を巻き戻せるならあの日に戻したいと思う。 兄の部屋でを見つけた。 兄はお世辞にも字がうまくなかっら、まさにが走るようなその文字で色々書いてあったけれど、こんなになって兄のを見つけて読んで、ああ、と兄のしたがわかってきた。 ほどのに値することは人にとってそれぞれ違って、溢れ出るを人によって違う。 ほどのことか、って思っていたけれど、彼が感じていたは、今は私が感じているに等ったのかもしれない。 こんなに悩み苦しむのであれば、としての「死」は悩みや苦しみされる最良のにすら思えてきた。 お兄ちゃんの心は、死んでラクになったのだろうか。 お兄ちゃんに聞けるのであれば、「ラクになりまし?」と聞きたい。 ことはよく考えるけれど、今に引きずられて中々考えることはなかった。 それ以上に怖かった。 何もない無のなんて、今あるに比べたら恐ろしいくらいの恐怖だと感じていら。 でもお兄ちゃんが救いを求めていった「死」にこそ今は助あるのではないかとの淵で考えてる。 残された人になって、お兄ちゃんに今会いたいって心思う。 はラクになったの? 少なくともこのクソみたいにぐるぐると悩む日々はされたんだろうと思うけれど、きっと死の先に私の求める答えはない。

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