僕 と 彼女 と 週末 に 歌詞。 「僕と彼女と週末に」のぶりん2号のブログ | Silver Beetle & White Variant

「僕と彼女と週末に」 浜田省吾の反原発ソングの動画と歌詞

僕 と 彼女 と 週末 に 歌詞

浜田省吾1982年発表のアルバム「PROMISED LAND」収録曲です。 単なる収録曲と言ってしまうには存在の大きすぎる、アルバムのテーマ曲ですね。 「約束された土地」のテーマソングが「僕と彼女と週末に」という感じで。 テーマは「環境汚染」なんて言うと、けっこう軽く見られちゃいそうですが、1980年代前半、エコロジーとかリサイクルなんていう言葉は全然一般的ではなくて、まして日本のロックミュージックの中でこうして正面から環境問題を扱うなんて前代未聞の挑戦でした。 しかも、その規模が地球単位でエコロジカルな理想を立て、核戦争廃絶への祈りまでが込められているとしたら、これはもうロックミュージックという枠の中に収まりきらないテーマになってしまっているのです。 歌詞はストーリーではなく、抽象的な比喩で地球の危機的状況を警告しています。 続く権力と権力のシーソーゲームも、米ソ冷静時代をイメージさせる政治的なフレーズ。 サビの「君を守りたい」「愛を信じたい」は、さすがに浜田省吾だからこその言葉だと、今でも思います。 「君」というのは、世界中の子供達のこと、つまり次の世代全体のことなんだそうですが、守りたい、信じたいという気持ちがストレートに伝わってくるフレーズです。 このフレーズに影響されたミュージシャンも少なくないはず。 週末に僕は彼女とドライブに出かけた。 遠く街を逃れて、浜辺に寝転んで 彼女の作ったサンドイッチを食べ、ビールを飲み、 水平線や夜空を眺めて、僕らはいろんな話をした。 彼女は、彼女の勤めてる会社の嫌な上役のことや 先週読んだサリンジャーの短編小説のことを話し、 僕は、今度買おうと思ってる新車のことや 二人の将来のことを話した。 そして、誰もいない静かな海を二人で泳いだ。 あくる日、僕は吐き気がして目が覚めた。 彼女も気分が悪いと言い始めた。 それで僕らは朝食を取らず、浜辺を歩くことにした。 そして、そこでとても奇妙な情景に出会った。 数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられてたのだ。 間奏の中、まるで小説の朗読のような浜田省吾のセリフは歌詞カードにはない部分です。 汚染された海を泳いだことによって体調を崩した二人は、大量に打ち上げられた魚を見て驚愕します。 歌詞との関係から考えると、この海は核実験によって放射能汚染された海を示唆しているものと考えられます。 ただ、1980年代当時は、まだ公害闘争の記憶も新しかったこともあり、公害汚染という解釈も多かったような気がします。 作者の浜田省吾自身も、「たくさんの魚が打ち上げられたシーンは、工場排水の流出により汚染された瀬戸内海で魚が浮かんだ光景が原体験だった」と語っています。 ただ、時代が変わって、汚染の原因が工場排水から核実験の放射能になったというところに、浜田省吾の危機感は強く表れているような気がします。 サウンド的には、非常にダイナミックでドラマチック、長い曲だということを意識させない高レベルの演奏など、浜田省吾のひとつのクライマックスといってもいい作品ではないでしょうか。 本人は、この曲について「ブルース・スプリングスティーンの『ジャングル・ランド』」やジャクソン・ブラウンの『ホールド・オン・ホールド・アウト』、佐野元春の『ロックンロール・ナイト』などに影響を受けた作品」だという認識を示しています。 ドラマチックなサウンド・メイクが注目されていた時代の曲ということなのかもしれません。 また、一方で、日本のポップ・ミュージックの枠から飛び出すこの曲を正面から受け止めるのではなく、批判的な見方をする向きがあったこともまた事実です。 サザンオールスターズの桑田佳祐は、「浜田省吾はサングラスなんかして、いつも難しい顔をした写真ばかりを撮って、シリアスな歌を歌って、全然つまらない」といったようなコメントを残しています。 これが長渕剛だったら大騒ぎになるところですが、さすがに浜田省吾先生は懐が広い!(笑) シリアスを否定していては、いつまでも日本のミュージック・シーンが進化しなかったことも考えられるわけで、そういう意味ではこの曲は日本のロック・シーン全体において、 特に歌詞の分野で 非常にエポック・メーキングな作品だと言えるでしょう。 浜田省吾に大きな影響を受けたミスター・チルドレンの桜井和寿が、この作品をカバーしているというのも決して偶然ではなく、ひとつの歴史的な必然とも考えられるのです。 なにより重要なのが、この曲が発表されて既に20年以上が経過しているにも関わらず、メッセージ的な部分では少しも後退していないというところです。 当時よりも現在の方が政治的メッセージをキャッチする能力が退化しているせいか、世の中が麻痺しているような感じさえするほど。 当時の両極端な評価に浜田省吾自身もかなり迷ったそうで、この作品のようなダイナミックなメッセージ・ソングはこれが最初で最後となりました。 けれど、浜田省吾の武器として、この曲はいつまでも歌われ続けていくような気がします。

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浜田省吾1982年発表のアルバム「PROMISED LAND」収録曲です。 単なる収録曲と言ってしまうには存在の大きすぎる、アルバムのテーマ曲ですね。 「約束された土地」のテーマソングが「僕と彼女と週末に」という感じで。 テーマは「環境汚染」なんて言うと、けっこう軽く見られちゃいそうですが、1980年代前半、エコロジーとかリサイクルなんていう言葉は全然一般的ではなくて、まして日本のロックミュージックの中でこうして正面から環境問題を扱うなんて前代未聞の挑戦でした。 しかも、その規模が地球単位でエコロジカルな理想を立て、核戦争廃絶への祈りまでが込められているとしたら、これはもうロックミュージックという枠の中に収まりきらないテーマになってしまっているのです。 歌詞はストーリーではなく、抽象的な比喩で地球の危機的状況を警告しています。 続く権力と権力のシーソーゲームも、米ソ冷静時代をイメージさせる政治的なフレーズ。 サビの「君を守りたい」「愛を信じたい」は、さすがに浜田省吾だからこその言葉だと、今でも思います。 「君」というのは、世界中の子供達のこと、つまり次の世代全体のことなんだそうですが、守りたい、信じたいという気持ちがストレートに伝わってくるフレーズです。 このフレーズに影響されたミュージシャンも少なくないはず。 週末に僕は彼女とドライブに出かけた。 遠く街を逃れて、浜辺に寝転んで 彼女の作ったサンドイッチを食べ、ビールを飲み、 水平線や夜空を眺めて、僕らはいろんな話をした。 彼女は、彼女の勤めてる会社の嫌な上役のことや 先週読んだサリンジャーの短編小説のことを話し、 僕は、今度買おうと思ってる新車のことや 二人の将来のことを話した。 そして、誰もいない静かな海を二人で泳いだ。 あくる日、僕は吐き気がして目が覚めた。 彼女も気分が悪いと言い始めた。 それで僕らは朝食を取らず、浜辺を歩くことにした。 そして、そこでとても奇妙な情景に出会った。 数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられてたのだ。 間奏の中、まるで小説の朗読のような浜田省吾のセリフは歌詞カードにはない部分です。 汚染された海を泳いだことによって体調を崩した二人は、大量に打ち上げられた魚を見て驚愕します。 歌詞との関係から考えると、この海は核実験によって放射能汚染された海を示唆しているものと考えられます。 ただ、1980年代当時は、まだ公害闘争の記憶も新しかったこともあり、公害汚染という解釈も多かったような気がします。 作者の浜田省吾自身も、「たくさんの魚が打ち上げられたシーンは、工場排水の流出により汚染された瀬戸内海で魚が浮かんだ光景が原体験だった」と語っています。 ただ、時代が変わって、汚染の原因が工場排水から核実験の放射能になったというところに、浜田省吾の危機感は強く表れているような気がします。 サウンド的には、非常にダイナミックでドラマチック、長い曲だということを意識させない高レベルの演奏など、浜田省吾のひとつのクライマックスといってもいい作品ではないでしょうか。 本人は、この曲について「ブルース・スプリングスティーンの『ジャングル・ランド』」やジャクソン・ブラウンの『ホールド・オン・ホールド・アウト』、佐野元春の『ロックンロール・ナイト』などに影響を受けた作品」だという認識を示しています。 ドラマチックなサウンド・メイクが注目されていた時代の曲ということなのかもしれません。 また、一方で、日本のポップ・ミュージックの枠から飛び出すこの曲を正面から受け止めるのではなく、批判的な見方をする向きがあったこともまた事実です。 サザンオールスターズの桑田佳祐は、「浜田省吾はサングラスなんかして、いつも難しい顔をした写真ばかりを撮って、シリアスな歌を歌って、全然つまらない」といったようなコメントを残しています。 これが長渕剛だったら大騒ぎになるところですが、さすがに浜田省吾先生は懐が広い!(笑) シリアスを否定していては、いつまでも日本のミュージック・シーンが進化しなかったことも考えられるわけで、そういう意味ではこの曲は日本のロック・シーン全体において、 特に歌詞の分野で 非常にエポック・メーキングな作品だと言えるでしょう。 浜田省吾に大きな影響を受けたミスター・チルドレンの桜井和寿が、この作品をカバーしているというのも決して偶然ではなく、ひとつの歴史的な必然とも考えられるのです。 なにより重要なのが、この曲が発表されて既に20年以上が経過しているにも関わらず、メッセージ的な部分では少しも後退していないというところです。 当時よりも現在の方が政治的メッセージをキャッチする能力が退化しているせいか、世の中が麻痺しているような感じさえするほど。 当時の両極端な評価に浜田省吾自身もかなり迷ったそうで、この作品のようなダイナミックなメッセージ・ソングはこれが最初で最後となりました。 けれど、浜田省吾の武器として、この曲はいつまでも歌われ続けていくような気がします。

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3月のあの出来事以来、ずっと頭の中で鳴っている音楽があります。 この曲は、復興支援ソングなのですが、その前に楽曲として優れています。 このまま行くと、今年「のぶりんが選ぶ日本の歌ベスト3」にノミネートされます。 そしてもう1曲は、1982年に浜田省吾が発表したアルバム「PROMISED LAND」の最後の曲として収録されていた「僕と彼女と週末に」という曲です。 この当時、このタイトルを見たとき、ポール・サイモンの「僕とフリオと校庭で」のパロディ?かと思いましたが、曲を聴くと大変重い内容だったので驚いた記憶があります。 (この「PROMISED LAND」は、現在と将来の日本を嘆く曲が多い社会派のアルバムです。 ) 途中のナレーションで紹介されますが、多くの魚が死んでいるのを彼らは見てしまうのですが、当時は赤潮などの環境問題が浜省の出身地あたりの海でも問題になっていましたので、そういうエピソードなのか?という理解をしておりましたが、今この歌詞を見ると「昨日の絵の具で汚れたキャンパスに明日を描く愚かな人」「恐れを知らぬ自惚れた人は宇宙の力を悪魔に変えた」 等の文脈、あるいはアメリカ・スリーマイル事故に端を発した反原発のムーブメント等の時代背景から察するに、「朝、吐き気がして目が覚めた」「無数の魚が打ち上げられていた」など、放射能汚染による被爆を想像させるような歌詞になっています。 以下、歌詞の一部抜粋・・ 「この星が何処へ行こうとしてるのか もう誰にもわからない 権力と権力のSee-Saw-Gameから 降りることさえできない 人は一瞬の刹那に生きる 子供は夢見ることを知らない 君を守りたい ただひとりの 君を守りたい この手で 愛を信じたい 人の心の 愛を信じたい いつの日か 週末に僕は彼女とドライブに出かけた。 遠く街を逃れて、浜辺に寝転んで 彼女の作ったサンドイッチを食べ、ビールを飲み、 水平線や夜空を眺めて、僕らはいろんな話をした。 彼女は、彼女の勤めてる会社の嫌な上役のことや 先週読んだサリンジャーの短編小説のことを話し、 僕は、今度買おうと思ってる新車のことや 二人の将来のことを話した。 そして、誰もいない静かな海を二人で泳いだ。 あくる日、僕は吐き気がして目が覚めた。 彼女も気分が悪いと言い始めた。 それで僕らは朝食を取らず、浜辺を歩くことにした。 そして、そこでとても奇妙な情景に出会った。 数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられてたのだ 」 重いメッセージです。 「売れるものならどんなものでも売る。 それを支える欲望」の時代に、 いかにして「いつか子供達にこの時代を伝えたい どんなふうに人が希望を継いできたか」 と将来言えるような日本にしていく事が、我々に課せられた使命なんだと思わずには居られません。 そして、思うだけでは今は不十分だと。 行動を起こさなくては、問題は解決しないと。 そう強く思ったのでした。 出来る事をしましょうね。 みなさん。 イイねからお邪魔します。 ファン歴32年目です。 この歌が29年前に作られていたのが 驚きです。 当時、「風を感じて」を周囲に聞かせると 「あーカップヌードルね」と言われ HomeBoundを聞かせても.... ではと自身を持って「愛の世代の前に」を聞かせても..... 夕食のテレビニュース 俺によく似た少年兵 ライフルを方に砂漠を汗まみれ歩いてく 守るべき物は何? 戦う相手は誰? 誰に聞いても答えられない 教科書から削る文字は他にもあるぜ 例えば正義 例えば希望 数え切れない ここらあたりは「軍歌?」とか言われ.... 当時は ・松山千春 恋のはじめは切なくて.... 私は泣かないだってあなたの... ごめんと私にいってくれたのは あなたの最後のやさしさですね... まで一気に。 かといって前述の松山千春等の ラブソングとは大きく違う ・ロマンスブルー ・恋に落ちたら ・愛しい人へ のラブソングがあり そこへ ポップな ・DJお願い! ・バックシート・ラブ ・さよならスウィート・ホーム と続き 真骨頂 ・凱旋門が流れ最後に ・僕と彼女と週末にですね。 >数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられてたのだ ここを聞かせたら「気味悪い歌」と言われ.... いいんだ。 浜田省吾は僕だけのものなんだ。 と言い聞かせ。 それが後年「悲しみは雪のように」で おー浜田省吾じゃん。 (これも1981年に既につくられていたのですが) あっ。 すいません。 Home Bound ~ FATHER'S SON までの件になると ついムキになってしまい.... >出来る事をしましょうね。 >みなさん。 そう思います。 政治家の皆さんもお願いします。 失礼しました。

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