ライバー テクサ。 【ライバー社スタッフインタビュー】管理部部長の和田祐輔さん「ライブ配信が好きだから、スマホを4台持ち歩いています」

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この手でライバー業界を開拓してきた インターネットのライブ配信で日々活動し、ファンと一緒にコンテンツを育てていくライバー。 継続といったプロ意識を持った信頼できるインフルエンサーだ。 そんな ライバーたちと、マーケティングに課題を持つ企業とを繋げるのが株式会社ライバーである。 たとえば以前には、コレコレという名の有名ライバーを起用したアイドル番組を制作して、テレ朝動画の登録者数を増やすことに成功した。 実力と人気のあるライバーと企画・制作力によって、日々クライアントのニーズにこたえている。 企業の課題をヒアリングし、マーケティング戦略に落とし込む、よくある広告代理店と同じ方式ではあるが、 他の会社と比べてライバー業界についての知見、ノウハウは多い。 スタジオやクリエイターも充実しており、自社で制作もまかなえる。 まさにライバー業界のヘルプデスクだ。 その理由は、 ライバーだった飯田氏自らが業界をつくるところから始まったから。 初期は株式会社ライバーの入居ビルこそが、まさにライバー業界のすべてだったのである。 専門性の高さと豊富な知見もあって、顧客のリピート率は高水準だという。 ライバーマーケティングは着実に成果を挙げている。 しかしもちろん、企業のマーケティングを遂行するために、ライバーに無理をさせることはない。 「ライバーさんたちは、自分たちの配信のテイストが崩れることを嫌います。 なので、企業が用意したフレーズをそのまま言わせる、みたいなことはしません。 1 番いい方法は、一旦企業側の提案を伝えた上で、あとはライバーの自由にやらせるというものです」 「企業のニーズと、ライバーの意向ってピントがずれてしまいがちなのですが、工夫すれば合わせられるんです。 たとえば、企画書に商品紹介やキャッチフレーズをさりげなく盛り込んだりして、ライバーさんには自由にしてもらっています」 テイストが変わればライバー自身だけでなく、ファンも不満に感じるだろう。 飯田氏、そして株式会社ライバーの姿勢には、ライバーもよし、ファンもよし、企業もよしの三方よしが感じられた。 全員がウィンウィンの関係をつくることで、 企業のリピート率が上がり、契約タレントも増えているのだろう。 特に、ライバーに寄り添い、ライバーを育てるひたむきで面倒見のよい姿勢は徹底されている。 インタビューではあるライバーの例を教えていただけた。 もともと会社員だったあるライバーは、不幸なことにライブ配信が仕事の逃げ場のようになってしまっていた。 フリーランスとなることへの不安もあった。 本当に稼げるのか、食べていけるのかといった不安だ。 株式会社ライバーではターゲットの明確化、最適なプラットフォームの選定、分析ツールの導入など、 抽象論にはとどまらない支援を行い、実際にライバーとして生きていけることを本人に実感させることができた。 今では会社を辞め、専業のインフルエンサーとして生活水準も高まり、本人の満足度も高いそうだ。 「もちろん、本人にモチベーションやプロ思考があったからこその結果です。 好きなことで生きていく、だけではすまないビジネス感覚がなければ、会社を辞める決断を下すことはできなかったでしょう」 ライバーという職業の存在は、いまだ広く認知されているわけではない。 飯田氏自身にも、親に猛烈に反対された経験がある。 そのこともあり、 ライバー、あるいはこれからライバーとなる人の家族のもとへ、直接説明をしに行くこともあるという。 ライバーが将来的にも収入を得られる職業であることを説明し、ライバーの家族にも納得してもらう。 最後には飯田氏の口からライバーの家族へ「信頼してくれ」と熱い思いをぶつける。 契約したライバーを全力で支援する。 本当に親心のかたまりのような会社である。 すべての人に支えられて。 経営者としてのしあわせ 楽しそうに語る姿からは業界への愛が感じられる 株式会社ライバーで働くなかで、飯田氏自身、経営者としては、どんな喜びがあるのだろうか。 ライバーとして感じてきた喜びとはまた違った喜びがあるはずである。 そのあたりのこともうかがった。 「現在、会社は 5 期目ですが、売り上げは順調に倍々で伸びています。 足元の企画書を書いている時はなかなか実感しにくいですが、あとから経営者として俯瞰してこれまでの足跡を振り返る時、会社が大きくなっているのが本当に感慨深いです」 会社が大きくなるにつれて、問題やタスクも増えてくる。 けれども、飯田氏はそれをネガティブには捉えてはいない。 新しい経験ができることが楽しいというのだ。 飯田氏は、ある経営者にいわれた次の言葉が印象に残っているそうだ。 「 1 日 5 個くらい困難なことがなければ、逆に不安になる」 メリットの反面、デメリットもある決断をしなければならない時もある。 しかし、その決断が組織に好影響を与えた時は、新しいことに取り組めた実感を得られるという。 何より、その変化によって社員が満足そうに働いている顔を見られるのが嬉しいそうだ。 飯田氏は、ライバーだけでなく、社員に対しても面倒見がいいのだ。 こんなリーダーに率いられている業界はうらやましい。 また、力強い経営陣に囲まれているのも本当にしあわせだと振り返る。 日本初のメルマガ配信システム「まぐまぐ!」の創設者であり、ライバーとしては飯田氏の先輩にもあたる 深水英一郎氏を筆頭に、業界のそうそうたるメンバーが株式会社ライバーには名を連ねている。 今では、あれほどライバーになることを反対していた両親も、快く飯田氏を応援している。 オフィスに連れてきて、会社が利益を出していること、黒字であることを伝えたら、とても喜んだという。 そのように語る飯田氏には笑みがこぼれていた。 たくさんの活動的なライバー、良識ある経営陣、チャレンジ精神旺盛な社員、理解力ある両親に囲まれて、お互いに協力しながら、飯田氏はライバー業界を盛り上げているのだ。 誰でもライバーに! 飯田氏が思い描く未来 長期的な視座で大きな目標を掲げる飯田氏 そんな飯田氏率いる株式会社ライバーが急成長を遂げた現在であっても、 ライバー業界は「まだまだ信用が足りない」という。 ライバーに商品を預ける企業は今もそれほど多くない。 対照的に YouTuber は今や世間的にも認知され、 子どものなりたい職業ランキング上位にもランクインし、ブランディングを任せる企業も増えてきた。 飯田氏は、 YouTuber と同じようにライバーという存在をより有名にし、社会的信用力も高めていきたい考えだ。 「ライバーが信用されるためには、まず株式会社ライバーも信頼を獲得していく必要があります。 そのために今は本気で上場を目指しています」 信頼獲得の次に見据えているのは、エンターテインメント業界における大きな存在感である。 ライブ配信をよりメジャーな娯楽産業にし、株式会社ライバー自体を日本でも有数のエンタメ企業にしようと日々努力している。 「これから一大エンタメ企業になるためにも、新しいものへのチャレンジ精神がある人に集まってほしい。 おもしろい企画を考えるユーモアのある人、たくさんのライバーと触れ合うコミュニケーション能力がある人はどんどん歓迎します」 新しい市場を開拓するために突き進む飯田氏。 社員や経営陣のなかには、そんな飯田氏の人柄に惹かれてジョインしたメンバーも多いのだろう。 飯田氏の仲間は今も増え続けている。 フロンティア精神を持った人間の集まる株式会社ライバーがある以上、ライバー業界の未来は明るい。 飯田氏の話を聞いて、そんな光景が頭の中で浮かんだ。 今でも参入障壁の低いライブ配信は、これからもっともっと簡単になるだろう。 本業のプロとなるかは別として、全員がそれぞれのキャラクターを活かした表現の場を得られれば、幸福度も上がるのではないだろうか。 これからの一億総活躍社会の助けとして、生配信もありだろう。 インタビューは株式会社ライバーの自社スタジオにて行った。 自身がライバーであった飯田氏は、やはりスタジオが似合う。 常にオープンな姿勢で、オフィスに私たちを招き、つたない質問にも付き合ってくれた。 目つきは真剣そのもので、ライバーとして、経営者として、さすがに業界を牽引してきた人である。 熱い語り口で、ライバー業界の未来を大いに感じることができた。 学生時代からネットラジオやニコニコ生放送の配信者として人気を集める。 大学中退後、インフルエンサーマーケティングのパイオニアとして様々な企業chの運営、番組・動画制作を経験。 22歳で株式会社テクサ(現株式会社ライバー)を設立し、インフルエンサーを起用した効果的なプロモーションと動画・ライブ配信広告を専門に、次世代のインターネットメディアを牽引していく。 飯田祐基さんのリンク集 株式会社ライバー この記事を読んだあなたにおすすめの記事•

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株式会社ライバー(元テクサ)の社長飯田の素性│Streamerチャンネル

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生主時代は「りなりな」という名前でやっていた 彼が放送を始めたのは2010年9月1日から。 この時はまだまだニコ生界隈は元気で活気があった。 その時期の恩恵を授かった一人といえるよな。 こんな時期から始めたりなりなはどんな放送をしていたのかきになるよな。 まぁ当時の流れからすると普通の喧嘩凸って感じだよな。 揚げ足の取り合いで、他愛のない言争いって感じ。 当時はこういう喧嘩凸がニコ生では盛んで、そこら中でこういう凸が行われていたんだ。 今でこそ喧嘩凸って文化は配信の中で廃れてしまったジャンルではあるけど、当時はもう今からは考えられないぐらいのメインジャンルだったんだ。 そんな喧嘩凸にも色々スタイルがあって、ただただ大声でしゃべり続けて相手が嫌になって切ったら「勝った」なんていう何も面白くもない生主から、一応はしっかりと理路整然と相手を論破しにかかる生主まで様々だった。 りなりなはどちらかと言えばしっかり理論立てて相手を論破しにかかる生主な上に、臆せずしゃべれるタイプだったから、当時はかなり人気があった。 ではこの喧嘩凸の内容からりなりながどんな奴だったかを見ていこうぜ。 りなりなの生主時代の実態 今や社長としてさぞや立派な経歴でそれはそれは立派な人間なんだろうと思うところだけど、その実態は全然違う。 先ほどの動画を見てもらってもわかると思うけど、まんま「kz」だよなww まずこれだな 大学を中退している 放送に依存していたりなりな。 配信中毒は生主がかかりやすい中毒だと言われているけど、このりなりなも立派な配信中毒だった。 それで親とも何回も揉めたみたいだ。 大学にもあまりいかず単位もボロボロで、放送ばかりしていたりなりな。 親に金を払ってもらって行っていた大学。 相当な親不孝ぶりが分かるよな。 そして次 パチスロ中毒 パチスロにも依存していたりなりな。 こういったギャンブルはプロでもない限りはマイナスになるように出来ているって知ってるよな。 じゃなきゃ全国のパチスロ店軒並みぶっ潰れてるだろうからな。 そんなものにのめりこんでギャンブル中毒になっていたりなりな。 そのせいでお金が足りずに、借金もかなりの額になっていたみたいだ。 本当に絵に描いたようなkzっぷりのりなりな。 さらにまだある。 一人暮らししていたが金の問題へ実家に舞い戻る 結局グダグダな生活をしていたりなりな。 一人暮らしもまともに出来ず、逃げ帰るように実家に帰る。 ここまでになれば反省をして放送からは一旦身を引こうなどと考えるものだが、りなりなは違う。 放送をガンガンする始末。 要はもう放送中心の生活(人生)になってしまっていたって事だよな。 完全に依存しきっている様子。 今でこそ社長として成功して一般気取りも出来るかもしれないが、当時はただのkzニートだったりなりな。 要はkz系生主をだったという事になるな。 さらにりなりなにはこんな性癖もある。 無類のSM好き ドMで変態で有名なりなりな。 SMクラブにもかなりの頻度で通っていたみたいだ。 かなりネチネチした性格でさらにドMで変態な性格。 生主として成功したから良かったものの、そうでなければどうしようもない人生を歩んでいたかもしれないな。 さらにもう一つ 女生主「あっきーなしゃま」と付き合う ニコ生というネットで知り合ったあっきーなしゃまと付き合っていたりなりな。 結局破局してしまうわけだけど、その後の放送で二人がスカイプしている動画がある。 あっきーなしゃまはメンヘラで有名な生主。 てかネットに依存している女は異常にメンヘラ率が高い。 このあっきーなしゃまも、もれなくメンヘラ。 それにしても、相手がこんな事になっているのにそれをネタにしているりなりなもりなりなだな。 りなりな 「思ってたのと違う」 なんて言ってるけど、自分が思ってる展開と違うのであればすぐに放送を切ればいいだけの話。 しかし、放送を切らずに続けていた所を見ると 「おいしい展開だな」思ってたのは明白だよな。 相手のあっきーなしゃまも放送だとわかっていながらのこんな醜態を晒している。 俗に言うかまってちゃんって奴だな。 誰かに見られている状態で発狂状態になって慰めてもらったり、心配してもらうのを待っている。 こんなやり取り、通常であれば放送なんかにのせたくねーからな。 どっちも放送に依存し、中毒を発症している者同士の放送という事だな。 最後に 大体りなりながどんな生主であったかわかったかな。 俗にいうkz系生主ってやつだ。 それが今では、イチ会社の社長だからね。 人生どうなるかわからないよな。 上手い事機転を利かせたと思うぜ。 ネットが無ければ人気ものなんかにはまず間違いなくなれていなかっただろうし、恋愛もできていなかっただろう。 生放送が無ければその代わりとして、大学の薬学部に行ってたみたいだから、薬剤師にはなれただろう。 しかし、収入はあるけどパッとしない人生のままって感じだっただろうな。 ある意味でネットを最大限上手く利用した内の一人ではないかなと思っている。 しかし、彼の立ち上げた会社、ライバー(元テクサ)はあまり評判は良くない。 裏で色々と大手配信者に声をかけまわっているみたいだが、配信を腐らせないようにだけはして欲しい所である。 という事で今回はこの辺で!またね!!•

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社長カバン持ちスタッフ募集

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ライバーとは? 主にネットライブ配信を行っている人の事。 Youtuber、ニコ生主、ゲーム実況、ライブストリーマー、Liver、その他もろもろ、すべてライブ配信プラットフォームやアプリを使って配信している人のことを表す言葉で、それらすべてをまとめて「ライバー」という。 2015年4月1日に株式会社テクサ創立。2018年に株式会社ライバーに社名変更しているわね。 思ったより若いわ・・・! 実は私、30代かと思っていたのよ・・・! ちなみに愛知県名古屋市出身よ。 飯田祐基さんの学歴は? 愛知県名古屋市の名古屋高校卒業しているんだけど、元々ビジネスの才能があったのか、この頃からネットラジオやニコニコ生放送の配信者として人気を集めているわね。 ニコ生配信者時代は、自身の影響力を用いてファミリーマートの商品開発等に関わったり、グリーのCMコンテストで優勝し賞金100万円を獲得したりするなど、個人の影響力を使ったビジネスをすでに初めているわ。 そして東京都港区の北里大学薬学部を中退。 大学中退後、インフルエンサーマーケティングのパイオニアとして様々な企業chの運営、番組・動画制作に携わっていってるわ。 22歳で株式会社テクサ(現・株式会社ライバー)を設立し、インフルエンサーを起用した効果的なプロモーションと動画・ライブ配信広告を専門に、次世代のインターネットメディアを牽引していく存在になっているわ。 27歳の若さですごいわね。 スポンサーリンク ニコ生主でりなりなと名乗ってた 2010年9月1日に、ニコニコ動画でニコニコ生放送を始めているわ。 その時は「りなりな」って名乗っていたのよ。 りなりなって・・・? で、どんな内容の配信だったかというと、喧嘩上等の言い合い見たいな感じ。 当時の飯田祐基さん りなりな は「しっかり理論立てて相手を論破し、臆せずしゃべれるタイプ」でかなり人気があったそうよ。 当時はかなり人気があって、レペゼンの動画に出てきたときは「りなりなだ!(笑)」と思い出されてたわね🤗 俳優として映画に出ていた 横山緑の作品にちょい役として出演していたみたい。 映画は「賭博黙示録ミドリ」。 その人はただのオタクじゃなくて、大企業の社長さんよ! キャバ嬢に配ってた本 三省堂書店池袋本店様にて。 嬉しいです。 まだ読んでない人はぜひ。 — 飯田祐基@株式会社ライバー sunao709 おそらくこれね。 売り上げ1位になってるじゃない!.

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