東京 23 区 の 地図。 大東京35区の誕生・東京23区の歴史

東京23区 地図

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2011年04月29日 文京区春日方面を作成。 2010年12月18日 新宿区四谷・信濃町方面、を作成。 2010年12月11日 板橋区上板橋・常盤台方面を作成。 港区赤坂方面/新宿区四谷・信濃町方面、を作成。 2010年12月04日 台東区上野方面、新宿区四谷・信濃町方面、、、港区麻布台方面、を作成。 2010年11月28日 板橋区西台・中台方面を作成。 2010年11月23日 台東区上野方面を作成。 2010年11月20日 港区赤坂方面(2)を作成。 2010年11月13日 千代田区平河町・麹町方面を作成。 2010年11月06日 板橋区上板橋・常盤台方面を作成。 2010年10月24日 杉並区 笠森坂、御女郎坂、元坊坂、杉並区本村坂を追加 (合計740坂)。 2010年10月23日 板橋区西台・中台方面、、、を作成。 2010年10月16日 板橋区西台・中台方面、板橋区上板橋・常盤台方面を作成。 2010年10月09日 板橋区西台・中台方面、を作成。 2010年10月02日 板橋区上板橋・常盤台方面、、板橋区小茂根・向原方面、、、、板橋区西台・中台方面、作成。 2010年09月26日 杉並区永泉寺坂、法印坂、地蔵坂、尻割坂を追加 (合計736坂)。 2010年08月21日 文京区本郷方面を作成。 2010年08月17日 港区麻布台方面を作成。 2010年08月14日 サイト開設8周年です。 板橋区ガッカラ坂、暗闇坂、長命寺坂、堂坂、海老山坂、板橋区閻魔坂を追加 (合計732坂)。 2010年08月07日 板橋区ばんち坂、すて場坂、地蔵坂、だらだら坂を追加 (合計726坂)。 2010年07月31日 文京区目白台方面を作成。 板橋区南坂、同区城山の坂、馬の鞍の坂、平次坂、見次坂、長徳寺の坂、漁藍坂、寺坂を追加 (合計722坂)。 2010年07月19日 港区南麻布方面のページを大幅更新(写真追加等)。 2010年07月17日 板橋区 馬坂、神明坂、とりげつ坂、新道の坂、伝兵衛坂、弥陀堂の坂、番場稲荷の坂、谷津坂、松山の坂、同区 鷹番ノ坂、急坂、おう坂、新坂を追加 (合計714坂)。 2010年07月16日 文京区大塚・千石方面を作成。 2010年07月10日 板橋区天神坂、峡の坂、梶谷津の坂、お伊勢坂、観音講の坂、向坂、同区宮前坂を追加 (合計701坂)。 2010年07月05日 豊坂を追加 (合計694坂) 、あわせて、を作成。 2010年07月03日 目黒区上目黒・中目黒方面 を作成。 同区都立大学・自由が丘方面(1) を作成。 2010年06月30日 目黒区上目黒・中目黒方面 、同区都立大学・自由が丘方面(2) 、、、、を作成。 2010年06月13日 世田谷区深沢坂、原の坂、満願寺坂を追加 (合計693坂)。 目黒区上目黒・中目黒方面 を作成。 2010年06月12日 目黒区上目黒・中目黒方面 を作成。 2010年06月06日 板橋区馬坂、しったり坂、山の坂、観音寺坂、種井坂、駒坂、同区 番場の坂、下井戸の坂、大坂、同区つるし坂、出口坂、藪の坂、赤パッケ坂、大堂の坂、番匠免の坂を追加 (合計690坂)。 文京区目白台方面を追加。 2010年06月05日 目黒区上目黒・中目黒方面を作成。 2010年05月22日 千代田区を大幅更新(梅の開花期の写真を追加)。 2010年05月04日 大田区田園調布・鵜の木方面を作成。 2010年05月01日 大田区田園調布・鵜の木方面を作成。 このサイト内を検索• 一般に通用している名前が付いていない坂道や東京23区外の坂道は含めません。 また、名前の付いている坂道のうち未訪問のものはまだ掲載していません。 かつて存在したが消滅した坂道については掲載している場合もありますが、坂道の合計数にはカウントしていません。 ・これまで訪れた坂道のすべては、上表の「坂道(これまで訪れたもの」の欄に掲載しています。 これら坂道については、 1 上表の「地域」の欄にリンクを貼っている地域ごとのページに、訪問時に撮影した写真(原則として一つの坂道につき1枚)と坂道に関する簡単な説明等を掲載しています(訪問した全坂道)。 また、 2 上表の「坂道(これまで訪れたもの)」の欄の坂名にリンクが貼られている坂道については、リンク先のページ(個々の坂道ごとのページ)で、多数の写真とより詳しい説明等を載せています、。 後者 2 については、訪問したすべての坂道について作成する予定ですが、ページの作成にかなり時間を要するため、現時点では一部の坂道の分しか作成できていません。 作成していない坂道の分については、暫くお待ちください。 ・坂道に設置されている標識の新設・撤去・取替はよく起こります。 本サイトでは標識についての説明がありますが、常時最新のものにアップデートできているわけではありませんので、情報が古い場合がありうることを予めご了承ください。 ・外部リンクを貼っているところがありますが、リンク切れを起こしている場合があるのでご注意ください。 ・小さな修正はこのページ上部の更新履歴に含めない場合があります。

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都内区市町村マップ|東京都

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東京府庁、東京市庁 箱館戦争終了後の明治2年(1869年)、政府は蝦夷地に太政官直属のを設置し、まもなく「北海道」と改称します。 しかし、北海道全域の開拓は困難だったため、札幌など重要な場所だけ開拓使の直轄にして、ほかは藩や華族・士族に開拓を委任しました。 これを分領支配といい、たとえば釧路は水戸藩、室蘭は元角田藩の石川家、色丹島は増上寺らが名乗りを上げました。 そのなかで、根室の一部を東京府が手に入れました。 失業者を送り込むためです。 この分領支配は、北海道の統一的な開拓を進めるため、後に終了しますが、この2年間、根室は東京府のものでした。 明治5年(1872年)以来、「大区小区制」により、東京府には6つの大区(その下に97小区)がありましたが、明治11年、により、15区に分かれます。 麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区です。 明治22年、「市制町村制」により、地方自治が推進されます。 東京も東京市となりますが、京都・大阪と並び、この3市は特例扱いで、市長の職務は府知事が兼務することになりました。 東京市は、何とか自治を獲得しようと動いた結果、ようやく明治31年(1898年)に特例が撤廃され、東京市役所が完成します。 東京市役所開庁の日(10月1日)が、都民の日となりました。 東京市役所の開庁式(1898年11月13日、上野公園) 東京はその後、膨張を続けます。 しかし、多くの庶民は、市内ではなく、郊外に住み始めました。 があったこともあり、大正9年(1920年)に217万人いた東京市の人口は、10年後に10万人減少してしまいます。 一方、東京市の周囲にある82町村の合計は、117万人から290万人に激増しました。 東京市の近郊はどんどん都市化が進みますが、その発展に法律や仕組みが追いつきません。 たとえば、東京市内には立派な小学校が建ち、教室も空いているのに、郡部では2部授業が行われていました。 教員の給料も、市内だと男性92円、女性71円のところ、郡部では男性81円、女性60円でした。 道路も、市内は立派でも、一歩、郡部に出るとデコボコで狭く、のない道路になりました。 東京市民が飲む水はすべて郡部からやってきましたが、浄水場の関係で、郡部の人間は飲むことができません。 水道料は、市内は月93銭のところ、渋谷では2円25銭もしました。 法律でいうと、たとえば「都市計画法」は近接の6郡84町村を含有しているため、ちょっとした変更でもいちいち全町村に連絡しなければならず、機能的な運用がまったくできなくなっていました。 これは大きな法律ばかりではなく、中央卸売市場、速達郵便、電話、借地法などあらゆる法律やルールで二重行政の不合理が目立ちはじめました。 この感覚はいまではわかりにくいと思うので、もう少し詳しく書いておくと、山手線が環状運転を開始したのは大正14年(1925年)です。 それなのに、池袋も新宿も渋谷も品川も「郊外」として虐げられてきたのです。 大学でいえば、豊島区の学習院、立教、豊島師範(東京学芸大学)、淀橋区の早稲田…もすべて郊外。 毎日80万人の人間が東京市に入ってくる時代に、この不合理の解消は喫緊の課題となりました。 そして、ついに昭和7年(1932年)10月1日、東京市は近隣82町村を合併し、新たに20区を作り上げ、全35区となったのです。 当時はこれを「大東京」と呼びました。 大東京地図(クリックで拡大) 新たに作られた20区は以下の通りです。 [旧荏原郡] 品川区・荏原区・目黒区・大森区・蒲田区・世田谷区 [旧豊多摩郡]渋谷区・淀橋区・中野区・杉並区 [旧北豊島郡]豊島区・滝野川区・荒川区・王子区・板橋区 [旧南足立郡]足立区 [旧南葛飾郡]向島区・城東区・葛飾区・江戸川区 この20区も、簡単に名前が決まったわけではありません。 もっとも揉めたのは「豊島区」で、最初が巣鴨区、次が巣鴨町を除いた目白区、そして最後に豊島区と決まりました。 ちなみに、豊島区の名前の由来は、北豊島の開祖である豊島氏(平安時代から室町時代にかけての領主。 1478年に太田道灌の攻撃を受けて滅亡)から来ています。 秘密文書「区行政監察に関する通牒」 この段階で、行政は「東京府」の下に「東京市」が存在しています。 よって、区の監察は「東京市」が行い、「東京府」に報告する形となります。 本サイトが入手した東京市役所の内部文書「昭和10年区行政監察に関する通牒」によれば、当時、35区では次のような問題が起きていました。 このあたり、昔も今もあんまり変わらないということでしょう。 東京市議会 さて、その後、昭和11年10月1日に、北多摩郡の砧村と千歳村が世田谷区に編入され、現在の東京区部が完成します。 そして、昭和18年(1943年)7月1日、「都制」が施行、東京府と東京市が廃止され、行政を統一化した「東京都」が誕生しました。 政府が提出した「東京都制理由書」には、 《東京は帝都にして、大東亜建設の本拠たり、従て其の行政の挙否は国勢の進展に関する所至大なるものあるに鑑み、真の帝都の性格に適応する体制を確立すると共に、其の行政の統一及簡素化と刷新強化とを図る為、東京都制を制定するの要あり》 とあって、事実上、戦争遂行を効率よく行うための戦時立法だったことがわかります。 東京35区が統合されて23区になるのは、昭和22年(1947年)のことです。 参考までに、新しい20区のマップを公開しておきます。 (クリックで拡大。 出典は東京朝日新聞『新東京大観』上下、1932).

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すぐわかる地図 東京23区 (その他ガイド)

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